第21回DPI日本会議全国集会福岡大会・報告

0.あいさつ文
1.報告概要
2.全体会 国際シンポジウム
3.分科会1 「地域自立生活支援のあり方-グランドデザイン案をめぐって」 
4.分科会2 「交通バリアフリー法の検証と改正すべき課題」 
5.分科会3 「権利擁護 - 虐待問題の解決に向けて」 
6.特別企画(分科会4) 「障害児の特別支援教育を考える」 

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0.あいさつ文

御 礼

 6月11日、12日の両日にわたって福岡市国際会議場において開催された第21回DPI日本会議全国集会福岡大会は、延べにすると500人以上の参加者を集めて滞りなく開催することができました。これも一重に各地からこの集会にご参加いただいた障害者と関係者の皆様の熱意と、多くのみなさまの
ご支援、ご協力の賜であると感謝しております。
 今回の大会は、DPIアジア・太平洋ブロックの北東小ブロック会議を大会の一環に組み込んで行われました。 6月9日の歓迎レセプションから始まって、10日、11日の午前までの北東小ブロック会議、11日午後の日本会議の組織総会、12日の国際シンポジウム、課題別分科会と盛りだくさんの内容が組み込まれた大会でありました。
 DPI日本会議の年度総会では、2004年度の活動報告、財務報告が全体の拍手で承認された後、地域生活支援、交通アクセス、障害者差別禁止法・障害者権利条約、国際協力等々の課題に対する取り組みの方針が、それぞれの担当常任委員から提起されました。それに対しての会場からの意見提起も活発に行われました。所得保障、雇用問題、教育問題等の課題への積極的な取り組みを求める意見が出されましたが、こうした提起に関しては、障害者政策研究集会実行委員会の枠組みの中でしっかりと取り組んでいくということが確認されました。
 なお、総会の最後には現在国会で審議されている障害者自立支援法の抜本修正を求める緊急アピールが執行部より提起され、総会アピールとして承認されました。
 今回の大会の最後には地域生活支援、交通アクセス、虐待問題・権利擁護の3つの分科会と特別企画としての教育問題をかたるセッションが持たれました。障害者自立支援法は今まさに国会で論議され、成立か否かの山場にさしかかっているもの、また、交通アクセスでは交通バリアフリー法の改正を間近に控えていること、そして障害者の虐待問題では、施設での虐待がつい最近の事件として報道されていることなどもあり、それぞれの課題に強い関心をひいた分科会でありました。各分科会には参加者も多く、予定時間をオーバーして活発な意見交換が展開されておりました。
 今回の大会には内閣府をはじめとする関係省庁、団体等の皆様から、物心両面にわたるご支援をいただきました。感謝申し上げます。さらに現地の実行委員会の皆様には、大会の開催準備から分科会の中味づくりまで大変お世話になりました。この場をお借りして改めて感謝を申し上げます。

2005年6月29日 

特定非営利活動法人DPI日本会議
議長 三澤 了

 

御 礼

 去る6月11日より12日の2日間、第21回D P I(障害者インターナショナル)日本会議全国集会福岡大会が行われ、北東アジアと日本各地から約500名の皆様方にお集まり頂き、総会及び四つの分科会に別れ、熱心な討議がなされました。
 また友好的に交流も深まり、大変有意義な四日間でした。ご支援ご協力戴いた 福岡県知事、県議会議長、福岡市長、市議会議長、各議員及び各団体、各企業、そして関係者各位 この会議に携わってくださった多くのボランティアの皆様方のお陰を持ちましてここに無事盛会のうちに終了した事を心より感謝申し上げます。
 我が国の障害当事者に関する介助保証制度は長年の間、当事者からの申し入れがあった場合に行政が月のケアの回数とヘルパーの派遣時間を決めて施行してきた行政中心の措置制度でしたが、2003年度から利用者がヘルプサービスの事業所とヘルプの利用時間を選べる支援費制度と言う当事者にとっては利用者中心の画期的な制度が施行されました。私達当事者誰しもがやっと我々のルネッサンスの夜明が目の前に来ている様な気持ちだったと思います。
ところが、一年も経たないうちに財源が足りなくなったというのでケアの時間に上限をつけたり、次々と当事者にとって殆どマイナスの制度と法案を打ち出そうとしています。厚生労働省は我々当事者の生活をまた元へ戻してあの暗黒の生活を強いるつもりでしょうか?
 今回、福岡大会実行委員会として集まった私たちとしても、そう言う事にならないよう、全国の当事者及びご支援ご協力頂く皆様方と連携をとり、日本の障害者差別禁止法と国連の障害者権利条約の成立に向けて、より一層の大道団結をしていきたいと思っています。福岡をはじめとする九州地域に住む人たちにとってこの度の第21回D P I日本会議全国集会福岡大会が少しでもそのきっかけになれば主催者側として誠に喜ばしい事と思います。
 また、今回はD P I北東アジアの会議も福岡で行われ、中華人民共和国、大韓民国、モンゴル民主共和国等、3カ国の皆様方のお話を聞き、私達日本の当事者も各国の当事者も同じ様な課題を抱えている事を身近に感じました。
 今後とも外国の皆様方と一緒に私達当事者が保護の対象ではなく、人間としてごく普通の地域における生活者として暮らしていける権利をあらためて大きなうごめきとして、勝ち取るまで運動を続けて行かねばと思っています。そして、私達障害当事者だけでなく、日本、世界の全てのみんなが等しく活かされる様な社会を目指して行きたいと思います。また、会議の他にレセプション等で皆様方と親しく友好を深め、楽しいひと時を過ごさせて頂いたことを深く感謝申し上げます。
2005年6月25日

第21回D P I日本会議全国集会福岡大会実行委員会
実行委員長 阿志賀 俊範

 
1.報告概要

 

1.名称 第21回DPI日本会議全国集会福岡大会
2.期間 2005年6月11日(土)14:00~17:00~12日(日)10:00~16:00
3.場所 福岡国際会議場
        〒812-0032 福岡県福岡市博多区石城町2-1
        TEL 092-262-4111 FAX 092-262-4701 
4.参加者数 約400名
5.参加費 3,000円
6.主催 特定非営利活動法人DPI日本会議
        〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-11-8 武蔵野ビル5階
        TEL 03-5282-3730 FAX 03-5282-0017 
      第21回DPI日本会議全国集会福岡大会実行委員会(地元主催団体)
         (幹事団体:自立生活センター・ドリームハート博多)
        〒812-0044 福岡県福岡市博多区千代1-24-11
        TEL 092-631-2181 FAX 092-632-4117 

7.後援 
内閣府、外務省、文部科学省、厚生労働省、国土交通省、福岡県、福岡市、日本労働組合総連合会、全日本自治団体労働組合、日本教職員組合、テレビ朝日福祉文化事業団、朝日新聞厚生文化事業団、JDF(日本障害フォーラム)、部落解放同盟中央本部、中華人民共和国福岡総領事館、駐福岡大韓民国総領事館、在福岡モンゴル国名誉領事館、福岡県社会福祉協議会、福岡市社会福祉協議会、筑後市社会福祉協議会、佐賀県社会福祉協議会、佐賀市社会福祉協議会、日本労働組合総連合会福岡県連合会、自治労福岡県本部、部落解放同盟福岡連合会 

8.協賛 
NPOお世話宅配便、(有)お世話宅配便、タキ商会、平間整体施術院、中島針灸・小児針療院、鶴田貴久、NPO法人たすけあい佐賀、エムジェイ・カンパニー、ジェイピーノダ、自立生活センターさが、ハロー電気工事センター 福岡店、株式会社ハロー、ニシコーインテリア【西部ガス興商(株)】、西部ガス旅行【西部ガス興商(株)】、渕上医療福祉専門学校、(株)リプロックス、(株)エヌ・ケイ・セキュリティ、自立生活センター・ドリームハート博多、NPO法人よかヘルプ、NPO法人トニートニー、地域福祉作業所ILピース卵から、吉浦事務所、パンテーラ・ジャパン株式会社、有限会社 エスエスワークス、特定非営利活動法人NPOかりん、自立生活センター・ちくご、リコー九州株式会社、福岡コロニー、福祉文化研究所、日本旅行、筑後市ボランティア連絡協議会 

9.当日プログラム

 

 

2.全体会 ・ 国際シンポジウム

障害者の権利に根ざした北東アジア小ブロックの行動計画 
福祉サービス、権利保障、クロスディスアビリティー、国際協力等の課題をめぐって

シンポジスト
 中国代表   張 宝林(中国障害者連合会理事・副主席)
 韓国代表   イ・イクソプ(韓国DPIDPI会長・延世大学教授)
 モンゴル代表 サインバヤ・サムダンジャムト(モンゴル障害者連盟議長)
 日本代表   三澤 了(DPIDPI日本会議議長)
コーディネーター 中西 由起子(アジア・ディスアビリティ・インスティテート代表)


 全体会の国際シンポジウムでは、全国集会に先立って開催された第2回DPI北東アジア小ブロック会議において話し合われた5つの行動計画に基づく4カ国の協力の在り方について話し合われた内容が紹介された。
 まず始めに、中西正司アジア太平洋ブロック議長より、アジア太平洋ブロックの行動計画が紹介された。DPIアジア太平洋ブロックでは4月にタイ国にてブロック評議会を開催し、ブロック議長に中西正司氏が、北東小ブロック議長に韓国DPIのイ・イクソプ氏が再選され、また、アジア太平洋ブロックにおける5つの5ヵ年行動計画も決議されている。
その内容は、以下の5つ。
1.国連障害者権利条約の推進およびびわこミレニアムフレームワークの推進
2.アクセス運動の促進
3.女性障害者のエンパワメント
4.若者のリーダー育成
5.自立生活運動の推進

 その後、第2回DPI北東アジア小ブロック会議で議論された1)物理的なバリアの解消に向けて、2)地域生活支援について、3)権利条約の推進にむけて、の3点について各国の代表者から報告がされた。

1.物理的なバリアの解消に向けて-張宝林(中国)氏から 
 中国のバリアフリー化の動きは、日本ほど進んではいないが、中国でも天津、上海、大連、広州を中心とした大都市には変化があること、モンゴルは経済的にも進んだ国とはいえないが、バリアフリー化にむけては2004年以降力をいれていることが述べられた。バリアフリーが一つの理念として注目を集め始めたのは障害当事者団体の努力の結果であるとして、その中から見えてきたバリアフリーに向けてのポイントとして3つが挙げられた。
 第一は、法の整備が重要な役割を果たすということ。韓国では、1997年に「障害者、高齢者、妊婦等の便宜増進に関する法律」が、2005年に「交通弱者の移動便宜増進法」が制定されている。日本でも2000年にバリアフリー法が制定されている。中国はバリアフリーに特化した法律はないが、1999年に障害者権利法ができた。また、1980年代中国は建設ブームであり障害者でも利用しやすい道路も作られている。2001年にはこの基準が変わる際には、鉄道省や建設省にもバリアフリー化を進めるよう要望書を提出した。モンゴルは2005年建設省でバリアフリー化の推進として障害者の優先乗車などが盛りこまれるといったことがあり、バリアフリーは国家的注目を集めた。
 第二に、こうした法整備なども当事者の積極的な参加があってこそ意義があったということが挙げられた。DPI日本会議は86年以降、毎年全国集会を開催するなど、要望活動を行うために障害者が集まり話し合いの場を設けていた。日本の名古屋国際空港への働きかけは最も理想的な関わり方だと思った。韓国は2005年、障害者の死亡事故をきっかけに団体間の結束が強くなり、これが法律の制定につながったそうだということ。また、1998年には、国内の障害当事者団体の調査を行い、問題に応じて政府が団体とつながれるように整えてきたそうである。中国も日本を参考にして政府に働きかけていきたい。
 第三に、国際交流は国内のバリアフリー化に影響を与えるということ。中国も天津、上海、大連、広州を中心に、平等やバリアフリーといった理念に基づいて推進していきたいと思っている。モンゴルは代表者がこの会議に参加したことによって自国に反映させてほしい。
 最後にバリアフリー社会に向けた問題点として、①身体障害以外の、知的障害、精神障害に関する問題は残っていること、②古い建物の改造や改築の問題、③貧困地域のバリアフリー化には多額の助成金が必要であることなどが確認されたことが述べられた。

2.地域生活支援-サインバヤ・サムダンジャムト(モンゴル)氏から 
韓国は障害者への予算措置は施設・病院などが中心であるそうだが、1500万円の予算が自立生活センター試行プロジェクトにつけられたという話は素晴らしく、うまく結果が出れば更に広い支援を受けられ、ここのことで韓国が人間の人権に関してよい国であることが感じ取れたと述べていた。また、韓国は日本の中西氏とのつながりもつよいこと、2003年から2005年の間に自立生活センターが増えたことについて、地域差についての法整備が努力目標であるということだがこうした韓国の現状は20年間の成果だろうと強い関心を示している様子で報告していた。
 モンゴルの国内事情についても詳しい話が紹介された。人口250万人のうち、9万人が障害を持っているとのこと、モンゴル障害者連盟(MFDP)では、障害者に対して家に閉じこもらないで人間関係を築き、社会参加してもらうための取組みを行っていると述べた。2004年以降は、支部団体の施設職員の資質向上のために研修などを行っており、2005年から2007年は多くの人の希望でもある地域生活支援に取り組んで行きたいということ、特に5つの辺境地域の支部団体を作る予定であることを述べた。この5県での貧困削減のためにすでにオーストラリアから助成金をもらっているそうである。日本からも助成金をアジア開発銀行を通して受け取っており、すべてを障害者のために使えるわけではないが、一部は使われていること、この支援で200人の人が支援を受けたことなどを述べた。モンゴルでは、研修や技術を身に付けるなど、就労支援がメインということである。一方でモンゴルは社会主義から民主主義になって15年経ち、その変化による問題が出ているおり、障害者も例外ではないという。今後は、障害者と障害を持たない人の所得格差などを就労支援を行なうことによって埋めていきたいと考えており、他の国を参考にしながら活動を行っていきたいと述べた。

3.権利条約の推進に向けて-イ・イクソプ(韓国)氏から 
 まず、障害者権利条約が国連の人権関連規約の中で、一番最後に出来そうな条約であるということを忘れてはならないということが述べられ、長年、障害者問題は福祉の問題と捉えられ権利の問題とされてこなかったこと、またこの障害者権利条約は専門家によってではなく、当事者の声によって、提案されてきたものであることも忘れてはならない、と続いた。メキシコが提案をして特別委員会が設置されてから、8月で6回目の特別委員会が開催される。これまで25個ある項目の一条一条の合意を得る作業を行っているが、イ・イクソプ氏も韓国の代表団に入っているそうである。
 条約で問題点となっていることの1点目は、自立生活運動である。これが身体障害者中心の運動である、アメリカをモデルにしているという誤解があると述べた。しかし、自立生活運動はすべての障害をカバーしているものであり、条項の中の「自立生活」という言葉を正確にその意味を捉えれば、知的障害や精神障害の人たちも含まれる内容である。こうした意見に対して、韓国からは支持する発言があったのに対し、日本政府代表団の支持発言はなかったので今後は彼らに支援の発言をしてもらうように、日本代表団のオブザーバーとして特別委員会に赴いている東DPI日本会議常任委員を激励する場面もあった。2点目として国際協力を挙げ、今回の北東アジア小ブロックの協力関係は、他国への手本となるような協力関係を築いていくというのはいかがだろうかという提案がされた。例えば、お互いに、日本からは制度などの先駆性を、韓国からは障害者運動と市民社会との連帯を学び、こうした経験をモンゴルへ伝えていき、さらに他国の模範となるようにしていきたい。今、国際社会は国際協力ということに腰が引けている感があるが、この北東アジア小ブロックで実現していきたい。文字だけでない、実践と身近に感じられるような条約にするためにも北東ブロックの成功を信じたいと、北東小アジアブロックの4カ国の連帯に対する期待を強く訴えていた。
 また、条約は2006年に採択の方向だが、各国にとって、この採択はスタートラインとなること、日本は障害者差別禁止法の制定実現に向けてがんばって欲しい(韓国は今年国会に上程される予定)、これらは中国、モンゴルに大きな影響を与えることは間違いなく、条約の成立は障害者だけのためのものではなく、障害者の人権が守られなければ、人類の人権はありえないという基本的人権を実現するためのものである、ということが力強く述べられた。

 最後に、DPI日本会議議長の三澤了から、開催国として、4つの違う言語を持つ国々がかみ合った議論を展開できるのかどうか不安だったが、その不安は1つ目の議題を追える頃にはなくなっていた、との報告がされた。また、私たちはこの会議を各国からの報告から単なる情報交換に終わらせず、お互いにどのような協力をすることができるかを話し合うことを最初に確認し、日本、韓国、中国の実践がモンゴルに伝わっていくだろうと感じたと述べた。1)障害者の問題は恩恵ではなく、権利として保障されるべきということ、2)当事者が関わっていくこと、声を挙げていくということ、の重要性という当事者主義でいくこと。これは4カ国共通の認識だった。3)自立生活は最も重要な課題であること。4)連帯・相互支援は当事者主体で財政的支援は無理なら国に働きかけたり、助成金の拠出を働きかけるなどの支援をしていこうと話合ったことが印象できだったことが、会議で印象に残った事柄として挙げられた。
 次回は2008年に北京オリンピックを控えた中国で2007年に行うことになっている。バリアフリーと女性へのエンパワメントが中心課題となるだろうとの発言もあった。
 その後、日本政府代表団のオブザーバーとして国連障害者権利条約の特別委員会に継続的に参加している東常任委員から、「条約ができても、日本においてどれほど影響があるかどうかはわからない。数ある条約の中で、国内に影響があったのは女性差別撤廃条約ぐらい。子どもの権利条約はほとんど影響がなかった。国内に影響を及ぼすためにも、各地方で条例づくりを進めていくなどを行って、障害者差別禁止法につなげて行きたい。」という決意が語られ、全体会は終了した。

 

3.分科会1

「地域自立生活支援のあり方-グランドデザイン案をめぐって」 

シンポジスト
  北野 誠一(東洋大学教授)
  中西 正司(ヒューマンケア協会 代表)
  李  鐘成(自立生活センター・ドリームハート博多 代表)
  徳山 大英(熊本県精神障害者団体連合会 会長)
  佐々木信行(ピープルファースト東京 事務局長)
コーディネーター 林  芳江(北九州自立生活センター 代表)


 第一分科会は、北九州自立生活センターの林さんのコーディネートで進められた。
 冒頭、DPI日本会議事務局長の尾上より、「障害者自立支援法案は5月から国会審議が始まったが、私たちの継続した働きかけによって審議が中断し、厚労省の当初のスケジュールから大幅にずれ込んでいること、6月下旬から7月上旬が山場になる」との経過報告があった。
 ヒューマンケア協会の中西正司さんからは、「自立支援法について、費用負担、長時間重度、移動介助、審査会、障害程度区分と国庫補助金等の問題がある。この間の働きかけによって一定の理解が広がってきたが、自立生活の点から長時間介護サービスの保障と動介護の個別給付がどうなるか大きなポイント」との指摘があった。
 熊本県精神障害者連合会の徳山大英さんからは、「精神通院公費助成(32条助成)が無くなると、医療が受けられなくなる。医療観察法案は精神障害者を隔離するもの。精神障害者も身体・知的と共通の仕組みになるというが、福祉サービスをめぐる実態が違いすぎる。負担が求められて、作業所にも行けなくなる。日中活動の場すら無くなってしまうという厳しい状況がある」と、精神障害者に対する差別状況についての報告があった。
 知的障害者の立場から、ピープルファースト東京の佐々木信行さんは、「障害者である前に人間だ!と知的障害者本人の当事者運動を進めてきている。昨年の介護保険の統合問題について、ずっと反対行動を続けてきた。自立支援法にも抗議の座り込みやビラまきを何度も行ってきている。負担が求められると、サービスが利用できなくなる。また、移動介護が使えなくなると、ピープルファーストの活動で集まることも難しくなる。最後まで闘おう」と熱い思いが伝わる発言を行った。
 地元福岡の自立生活センター・ドリームハート博多の李鐘成さんからは、「今日は、まず自立生活センターの立場から、福岡でどのようにして24時間介護を実現してきたかを報告する。当事者の立場から提起し、活動してきたからこそ勝ち取ることができた。しかし、自立支援法でサービスが変わること等も見据えて、日常生活支援への切り替えが進められようとしている。もう一つ、私は知的障害を持つ子供の親でもある。その立場からは、知的障害者向けに行動援護が始まっているが、触法行為を月に何回行っているかといった基準をつくっている。自分の子供そんなことをしないと親に答えさせて、サービスを押えようとしている。差別的な基準で許せない」と、力強い提起があった。
 助言者の東洋大学教授の北野誠一さんからは、「昨年から、これまでにない状況がある。これまでは飴とムチみたいな形で、厚労省は障害者運動に対応をしてきた。ところが、そういう対応をする余裕すらなくなっているのか、自立支援法案に賛成を表明したところにも飴を出さない。また、要介護認定基準が身体障害者や知的障害者にも使えるといった研究報告が先日の社会保障審議会・障害者部会であった。しかし、これは、あらかじめ障害者の外出や社会参加の支援を地域生活支援事業として除外し、家と施設内での身体介護に着目しているから。先にサービス体系の再編ありきの話になっている」との指摘があった。

 会場からは、「グランドデザインで就労支援と言われているが、実際の中身はない。障害者運動からも、作業所や就労支援の問題について提起をしていく必要がある」、「障害者の自立生活を考える際に所得保障の問題は重要。所得保障確立に向けた取り組みも進めていく必要がある」、「今回の案はグランドデザインとは言えない。一からやりなおさせる必要がある。私たちからのグランドデザインということも考えなければいけないのでは」といった発言が相次いだ。
 当面、自立支援法案に対する国会審議や政省令等の動きへの対応が重要なことは言うまでもない。同時に、中期的な見通しのもと、私たちからの提言ができるような検討・構想づくりの必要性を確認できた分科会であった。
 

4.分科会2

「交通バリアフリー法の検証と改正すべき課題」 

 

基調提起者  
  今福 義明(DPI日本会議・交通アクセス担当常任委員)
シンポジスト   
  李  幸宏(電車に乗るぞ障害者の会 代表)
  大場 和正(特定非営利活動法人大牟田市障害者協議会 事務局長)
  岩佐徳太郎(交通エコロジー・モビリティ財団)
  服部 忠彦(福岡市保健福祉局総務部計画課バリアフリー推進係長)
コーディネーター 吉浦 美和(電車の乗るぞ障害者の会 副代表)


 まず、基調講演の今福義明氏より、福岡市の地下鉄七隈線が車いす利用者にとって使いやすいという報告で始まった。よい点として、①地上と改札、改札とプラットホームに20人乗りのエレベーターがついていて、ストレッチャータイプの車いすが楽々入れる。②ホームと車両の段差が平らな上に隙間がなく、力の弱い手動の車いす利用者も前輪がはまらないことなどを挙げていた。また、交通バリアフリー法から2年たって、逆段差 を2センチまで認めるようになった。隙間はできるだけ小さくするようにすれば、どの扉からも自由に車椅子で乗り降りできるようになること、安全性を考えるなら、ホームゲート(可動式ホーム柵)が必要だということも述べた。今の駅は欄干のない橋のようなもので、視覚障害者の3人に2人は落ちるという。交通バリアフリー法にホームゲートを導入することを要求していくつもりとのこと。ホームゲートは、全国で9,500駅あるのに250駅程度にしかない。まだ3%だ。既設線でもすでに付いている例がある、福岡空港線もつき、貝塚線でも予算化。横浜でも予算化が図られようとしている、という報告がなされた。
 続いて、地元福岡の電車に乗るぞ障害者の会の李幸宏氏からは、100円のパンフ「福岡駅使いやすさガイド」が作られていることが紹介され、その結果から鹿児島本線をはじめJR九州の駅はまだ3分の1しかバリアフリーではないこと、宮地岳線は古い路面電車だがほぼバリアフリーであること、地下鉄は今年中にホームゲートが全部付くことなどが報告された。「付いてみると安心感が違う。手に緊張のある人や視覚障害者などが安心して利用できている」といった実感もあげていた。交通バリアフリー法ができて改善のテンポは上がっているが、大きな駅などだけで小さい駅はわずかにしか変わっていない。田舎の駅がどうなるかが問題という発言があった。
 国土交通省の外郭団体である交通エコロジー・モビリティ財団の岩佐徳太郎氏からは、情報提供、らくらくお出かけネット、交通ボランティア教室。基本構想の推進など事業の内容紹介や、ホームゲートの開発、ノンステップバスやエレベーターの助成をやっていること等、財団の事業報告をした上で、「政府の交通バリアフリー法見直しの案はまだできていない、ハートビル法と交通バリアフリー法をあわせたような、対象も広げたような案が検討されている。心のバリアフリー、接遇教育、職員教育はバリアフリー法に規定されているがなかなか進まない。進まないのは当事者が中心になっていないからで、アメリカのプロジェクトアクションのようなものが必要ではないか。アメリカではクレームが付いたら1ヶ月のプロジェクトアクションを受けないといけないが、これを進めているのは当事者団体だ、という紹介があった。また、電話で予約してバスが迎えに来るシステムも紹介し、市町村においては地域交通計画と福祉計画がバラバラだったが、その二つを一緒に考え、予算も一緒にとる。病院バス、スクールバス、路線バス、NPOの移送事業,STSなどを一体として走らせることを追求すべきという新しい考え方が示された。
 福岡市バリアフリー推進係長の服部忠彦氏からは、福岡市の高齢化の現状が報告された上で、「昭和54年に建築物の福祉環境整備指針実施要領。平成4年に公共機関に道路公園公共交通機関を加える。平成10年に福祉のまちづくり条例を策定。整備基準の遵守義務。市営地下鉄全駅エレベーター化をはかるが他の私鉄は進展していない。平成14年に基本構想策定。バリアフリー基本方針~検討会を設置。委員は議員、障害者団体などなど。30名以上。2度重点地区や主要設備の市民意見募集。高齢者障害者妊産婦などの移動しやすい環境づくり。11の重点地区と13の主要交通結節点を指定した。」という取り組みの報告がされた。
 続いて大牟田市で活動している大場和正氏からは、「大牟田市でも基本構想を進めてきた。ユニバーサルデザイン、コラボレーションで行こうという案。重点地区の基本構想検討には当事者がいっぱい参加した。駅前だけのバリアフリーだけ推進しても問題は解決しない。町の中心部に出てこられるための課題がある。商店街に交流もかねた事務所をおいた。交通バリアフリー法に基づいた取り組み、社会資源とうまく結びつけることが必要と考える。タウンモビリティ、電動カートの貸し出しなど。一番大事なのは障害のある人とない人の共生感。「バリアフリー住宅士」養成講座をやっている。(大牟田市内で大牟田市障害者協議会独自の制度)私も内部障害の人も講師。講師とのふれあいなどで共生感を生んでいる。」との報告があった。
 さらに追加の意見として、今福氏から、「障害者自立支援法では移動介護が奪われようとしている。この5年間で気づいたことは、移動円滑化基準がバラ色じゃないこと。介護も含めた手段がないと移動できない。障害者の移動権を明記させる必要がある。目的地までいけるだけの根拠がいる。移動そのものは権利だという規定、円滑に乗ろうという強い意思が必要だ。今現在は大きな地域格差が存在している。ノンステップバスは7500台走っているがその75%は東京、中部、関西。我々当事者もバリアフリー化の努力に参加し、意見をいうべき。移動円滑化基準は絶対に事業者は守るべきだし、この円滑化基準を膨らませるのが大切だ。」という力強いアピールがあった。また、李幸宏からは「大きな駅が無くても自治体にはどんどん話を進めるべき。ノンステップバスもところどころ走っている。地域ごとに考えれば自宅と交通機関、そして面的な整備も進んでは来ていると思う。住民の移動交通権の確保。足腰の弱った高齢者がどうやって街中に出てくるのかという話が自治体でも出てきている。日常の足として交通機関の確保が重要。」という主張があった。
岩佐氏からは、交通に関する情報保障とITの活用の先進事例が紹介された。6月21日から愛知万博での視覚障害者への情報提供として「ネド」というシステムが利用されたり、また、関空では可視光線での情報発信が行われたり、携帯での実験等も行われているということ。但し、点字の方法などは、券売機は東京は上方、関西は下方とバラバラな状況にあるので、来春にはJIS化をして統一させることが検討されているということであった。
服部氏は「現職の立場で町を歩くといろんな問題を感じる。点字ブロック上の自転車も以前は問題に気づいてなかった。こころのバリアフリーも大切。いろいろなひとがいるということを前提でハード、ソフトを考えていきたい。」と感想を述べられた。さらに大場氏は「サイン、表示の重要性を痛感している。福岡地震を体験して、防災の観点からも、何がどこにあるか、の表示が重要と感じた。また、交通バリアフリー法で実現したものの政策評価が必要だと思っている。大牟田でもやってこなかったが、今からでもやる必要がある。」という考えを示された。
 休憩を挟んで会場との意見交換が行われたが、ノンステップバスの普及、駅のエレベーター設置の取り組み、当事者運動の強化について等々の意見や質問が出されたが、全体に共通しているのは、すべての段階で当事者が参画していくことの必要性であり、重要性であった。さらに司会者から、「交通バリアフリー法の見直し時期なので、法に盛り込むものを具体的に出してほしい。」という提起に答えて、会場から「①迂回率という概念を入れてほしい。②駅の段差の問題~地下鉄の3号線は5ミリ。西鉄の高架化計画では10センチ。どちらも現状では許される。できる限り小さい数値基準を設定すべき。③新設駅は良いが既存駅をどうするか、の具体的方向付けをすべき。」という具体的な提案が出された。
 最後に、シンポジストのまとめの発言が行われたが、その中で李氏からは「5000人は可能な限り人数を小さく。利用客が5000人以下でも近くに障害者設備があって利用が多い駅のことなど具体的な例を挙げると要望しやすいかと思う。福岡の町は、まだまだ改善が進んでいない負の遺産もある。60センチの歩道もある。基本方針を作っていない市町村への働きかけを強めなければならない。」という抱負が述べられた。
 さらに今福氏からは、「①客席に乗り移りなく自分の車椅子のまま乗れるという観点が必要。電動車いすが基準になってない。飛行機は車椅子のままをまったく想定していない。荷室に乗せて車椅子が壊されることもある。高速バスもそう。マニュアルがある。でも車椅子のまま乗せるという観点がない。車椅子のままを基準にしたい。今は小さなコミュニティバスでも電動で乗れる。ストレッチャーで乗れるようにと闘っている人もいる。京成バス(東京東部、千葉県内で運行)では、ストレッチャー利用者がもう車内に乗っていたのに、他の乗客が「こんな人が乗っていいのか」と言いだし、わざわざストレッチャーをおろして乗車拒否した。②障害者が事故にあっている、昨年11月13日千葉の八幡宿駅で、エスカレーターのスイッチを押すと急に階段状になって落ちて重症を負っている。さらに昨年5月名古屋港駅で車椅子対応エスカレーターが、3枚のステップが一枚にならず階段状のまま前向きに操作して降ろそうとして途中で持ちこたえられず落ちた。チェアメイトも落ちて重傷を負った人もいる。このように死者は出ていないけど事故が続いている。この危険な状態を何とかしなければならない。③公共交通機関は乗車拒否してはいけない筈なのに、エレベーターが設置されている駅やノンステップバスで乗車拒否が行われている。こうした状況に対しても移動権がないから鉄道事業者に命令できない。乗車拒否に対して異議申し立てできる仲裁機関を作るなどが必要だ。」という、具体的な提起が行われた。
 これらの全体的な意見提起を受けて、司会者から、「①迂回率。②段差の解消。③既存駅の問題。④5000人以下でも周辺住民の要望等で改善できるようにすること。⑤基本構想を作っていないところへの作成勧告。⑥円滑化基準の引き上げ。⑦移動権の保障。の7点をこの分科会としては交通バリアフリー法の見直しの際に、方の中に組み入れることを求めることを決定したい。」というまとめがなされ、「交通バリアフリー法の検証と改正すべき課題」の分科会の幕を閉じた。

 

5.分科会3 

「権利擁護 - 虐待問題の解決に向けて」 

シンポジスト
1.厚生労働省内の虐待防止に関する勉強会の状況報告 
    大塚 晃(厚生労働省障害福祉専門官)
2.事例から考える―カリタス事件を通じて
    貞池 和生(人権オンブズ福岡 代表理事)
3.虐待問題に関する裁判事例の報告と今後の課題について
    東  俊裕(DPI日本会議常任委員・弁護士)
コーディネーター  平野みどり(DPI日本会議副議長・県議員)


 はじめに人権オンブズ福岡の貞池和夫さんから「NPO法人人権オンブズ福岡」の活動内容(障害者及びこども、老人等一般的に社会の弱者の権利擁護を目的として設立し、現在は福岡県下全般にオンブズパーソン20名を配置し、弱者の社会における人権侵害相談を受け活動している)が紹介され、知的障害者入所施設「カリタスの家」虐待事件の報告と今後の課題についての報告があった。報告では、同施設の利用者及び保護者から相談を受けて以降、利用者保護の立場から2名の被害当事者を北九州市内の施設に移転入所させた経過、日本自閉症協会、全国ピープルファーストジャパン等、他団体と共闘しながら厚生労働省に緊急改善を福岡県に働きかけてきたこと等が述べられた。特に入所施設等における障害者虐待に対する問題点として、①密室性が強く外部に漏れることが非常に少ない、②施設側の優位性と親の責任放棄があり、不満や苦情があっても異議申立をしない体質がある、③行政側の人権意識の低調が背景にあり指導のマンネリ化が非常に大きいことが指摘された。

 大塚晃さんからは、「カリタスの家」虐待事件が直接の契機となって厚生労働省内に勉強会が5回開催され、虐待の再発防止に取組んでいることが報告された。施設において障害者虐待が発生する共通の主な要因は、①虐待は密室の環境で行われ、隠蔽される傾向がある、②障害者の権利を侵害する小さな出来事から心身に傷を負わせるまで、次第にエスカレートしていくことが多い、③職員に行動障害に対する専門的な知識や支援技術がない場合に起こりやすい等が虐待の共通する構図となっていることが指摘され、今後は虐待を早急に発見して迅速な対応を図ること、再発防止の観点からその後の支援等をきめ細かく行うことが極めて重要であるという観点から、障害者虐待防止の地域ネットワークをつくっていく必要性が述べられた。

 東俊裕さんからは、早急に虐待防止法をつくることが必要であるという立場から、次の点が重要な論点になることが提起された。
①虐待には、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、放置、経済的搾取等があり、何が虐待であるかをという定義を明確にすること。定義と罰則の関係について刑法と違うところは、「処罰」よりも「救済」に重点をおくべきであり、定義を広くすれば救済の入り口が拡大し、迅速な行政認定が可能になる。
②救済システムとして、施設内に外部委員を含む虐待防止委員会を設置し、虐待事件を発見した場合の職員の通報義務と通報者の保護を明記する。
③地方自治体の虐待防止救済機関との連携を図る。調査―救済・回復措置(医療的、心理的ケア―の提供、加害者との遮断等)―調停―是正命令・勧告・加害者の公表―訴訟提起等の仕組み整備する。

 最後にまとめとして、DPI障害者権利擁護センターの金から、シンポジストの報告を参考にし、すでに法制化されている児童虐待防止法やDV法(配偶者等からの虐待防止に関する法律)を比較検討しながら、今後、DPI日本会議として障害者虐待防止に関する法制度上の提案に向けて積極的に取組んでいくことが述べられた。

 

6.特別企画(分科会4)

「障害児の特別支援教育を考える」 

シンポジスト   渡部千代美(公立中学校養護教員)
           原  裕子(嘉穂郡桂川町在住)
           農中 茂徳(福岡県立筑後養護学校教員)
           中山 善人(全国青い芝の会福岡支部支部長)
コーディネーター 長位 鈴子(沖縄県自立生活センター・イルカ 代表)


現状報告:パネラー全員が子どもは地域で育てることが必要と共通理解からの発言

「特別支援教育」から見える課題 渡部 千代美  
 特別支援教育推進体制モデルを進めているが、LD、ADHD、高機能自閉症をこれまで以上に細分化して、特別視していく傾向になる。
これまで、多動の子どもたちがいた。クラス崩壊になりそうで、学校側の判断で養護教員が薬を飲ませて、静かにさせるよう指導されたこともあった。基礎基本、授業規律を重んじるあまり、クラスを乱すことやできない子どもに問題視していく分離別学、特別学級に問題がある。
今後の取り組み 
 子どもたちのいいところをのばしていきたい。子どもたちは昔も今も変わらないが、社会が能力主義になり、問題行動を問題視することが多い。私は、学校の中で今までどおり子どもたちと関わっていきたい

「地域の中に!」 原 裕子 
 娘が誕生後、医師から一生介助が必要と宣告された。病院通いと訓練をしていた。1歳8ヶ月で首がすわり、時間はかかるけど成長していく娘を複雑な思いで育てた。  保育園から中学校卒業まで普通学校の普通学級で過ごした。特別に扱われることがいやで、普通の子どもたちと同じように関わってくれるよう、学校側にお願いしていた。親の思いとして、勉強はできないが地域に、友達の間に娘の存在を知ってほしかった。高校は受験はしたものの、受け入れる学校がなかったので、現在は小規模作業所でパンを売っている。地域で学校に通っていたことで、商店の人たちや地域の人たちも娘によく声をかけてくれる。営業は上手。パン買って、パン買って」と、元気に過ごしている。
今後の取り組み 
 地域の中で生きているからこそ意味があると思う。元気に子どもと一緒に作業所に通う。

戦略的用語としての「地域所属」 農中 茂徳 
 障害児学校が1999年「特殊教育」から「特別支援教育へ」、変わろうとする中、個々の学校別に支援計画が立てられ、学校内で解決してしまい、個々がばらばらな取り組みをしている。それをなくしていくためにあえて「地域所属」という観点から当事者(子どもたち)の自己決定権が最大限に尊重されるような制度改革とならなければならない。
 「地域所属」の理念は、障害児・家族が「地域と連携」し、個々の学校の取り組みの方向性にとどまらず、特別支援教育の展開の道しるべとなっていかなければならない。それが願いである。
① 就学時……ニーズに応える。
② 地域所属……日常的に地域との関わりをもつ。
③ 個々の学校でまとまるのではなく、他の学校や地域と連携か必要
④ 学校の現在の課題
⑤ 校長先生によって方向性が変わる。
今後の取り組み 
 地域所属の言葉を教育関係者が抵抗しないよう、取り組んでいきたい。

特別支援教育について 中山 善人
 これまで、障害当事者の立場から地域で学び育つ教育をと、教育社会に提起してきた。しかし、日本の文部科学省は特殊教育の名の下で隔離教育(分離)を進めてきた。現在もそれは変わらない。
 自分たちはありのままの姿を根底でとらえ、地域の中で生きていくことを望んだ。就学闘争は原さんが最後と記憶している。
 特殊教育から特別支援教育……能力に振り分けられる教育にされる恐れがある。普通学校に通っていても特別学級・特別学校になっている。
今後の取り組み 
 教育の中身を捕らえて行き、さらに、組織づくりをおこなうべきであり、市民運動と連係を図って行くべきである。

質疑応答から
① 支援事業の相談内容で、学校問題も出てくる可能性がある。どのように支援していくかが問題。
② 精神障害者当事者は、自分たちの障害を一番に差別していたのには親である。そのために、学校でたくさんいじめられた。学校の先生たちも差別していた。
③ 生きる力を身につけるための教育が必要なのに、能力に応じて分離するのはおかしい。
④ 子どもたちは、昔と現在では何か変わってきたのだろうか。なぜ、特別視していくのだろうか。
⑤ 養護学校教師から、知的障害児の普通学校高校の入学を特別枠で弁護士を立てて現在、高教組で検討している。親だけでは学校と交渉していくことは動力が大きいため、その人たちを支援してい事が大切。
⑥ DPIの今後の取り組み、フォーラムについてアナウンス。

 

(付録)
「障害者自立支援法案」の徹底審議と障害者の地域生活確立を求める緊急アピール 

最終更新日2005.7.20