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2011年6月13日 (月)

被災地障がい者支援センターふくしま活動報告

「支援センターふくしま」の白石清春さんからご報告をいただきました。

 2011年3月11日マグネチュード 9.0という未曽有の大地震が東北・関東を襲いました。その地震から引き起こされた大津波によって岩手、宮城、福島の沿岸部はことごとく壊滅されて、27000名以上の死者と行方不明者を出しました。それに伴い、福島県では大津波の影響で、第一原子力発電所が事故を起こし、目に見えない放射線が福島県内の人、農作物、家畜、自然を汚染しています。原子力発電所の事故の終息がいつになるやら予想がつかない状況なので、福島県の復興のスタートラインがみえずにいます。

 支援センターふくしまでは多くのボランティアさんたちの力を借りて、福島県内の大部分の避難所を回って、障がいをお持ちの方の安否確認と困りごとを聞いてニーズ調査を行ってきました。そして、障がい者の避難所での過酷な生活の全容が浮き彫りになりました。

 現在、福島県でも一番悲惨な状況におかれている南相馬市の事業所に対して、支援センター福島では支援物資とボランティアを送り込む支援活動を続けています。今後の支援センターふくしまの活動としては、郡山に避難所兼サロンを設置して、南相馬市や川俣町、川内村、葛尾村、その他の地域から避難してきた被災障がい者を受け入れる体制を確立していきます。
 
 現在、郡山養護学校の卒業生名簿のデータ整理に着手していて、データが打ち終わった段階で養護学校の同窓会の役員の方と卒業生の名簿データを確認しあってから、福島県の浜通りと中通りに住んでいる養護学校卒業生の家を一軒一軒訪問していく活動を展開していきたいと考えています。

 福島県は、何回も述べますが、原発事故の問題で行政も民間も右往左往しています。私たちもこのまま郡山に居続けていいものやら、判断に苦慮しています。私はもう歳なので放射線はあまり問題にはならないでしょうが、若い人たちや子供さんにとっては大変な問題になるかも知れません。原発からどんどん放射線が漏れだしている期間が長く続くのであれば、郡山の若者たちを遠いところに避難させることも考えていかなくなるかも知れません。
 
 このような福島県の状況ですが、いつも笑いを絶やさずに(笑い顔でいると免疫力が上がります。免疫力がアップすると放射線で壊れた細胞のDNAを修復するという)、きっといつかは福島の復興をやり遂げるという強い意志で支援センターふくしまの活動を続けていく所存ですので、よろしくお願いいたします。

写真:5月4日(水)、乙武洋匡さんが支援センター福島を訪れた際の写真。皆さんの笑顔が素敵です。

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※全国自立生活センター協議会編集「自立情報発信基地」(6月6日発行)より転載

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